尾瀬小屋の雪下ろし

ストーリー

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尾瀬の山小屋では、毎年春の小屋開け前に除雪作業を行うのが恒例行事となっている。ひと冬ぶんの大雪に埋まった小屋を、人の手で掘り出す2泊3日の大仕事だ。当然、登山道もまだ深い雪に埋もれているから、往き帰りはスキーやスプリットボードにシールを貼って、アップダウンある雪山を歩く。

以前はヘリコプターで入っていたこともあった。だが、ヘリは除雪に必要な人数を運ぶためには、往きと帰りで莫大な運搬費が必要で、そのうえ待機時間が限られるから作業時間が極端に短い。なにより、飛べるかどうかは天候次第ということで、コストが掛かる割に仕事の効率は悪い。

というわけで、普段から尾瀬の山で遊んでいる私たちに小屋主さんからお声が掛かったというわけだ。登山口の御池までスノーモービルで移動し、板にシールを貼って歩き出す。ラッセルを始めてすぐにわかった。雪は軽く沈まない、そして気温も低い。絶好の条件だが今回は滑走はナシ。

小屋に到着して皆が安堵したのは、例年(2022年)より雪が少ないことだった。それでも、一階部分はすべて雪で埋まっている。昨年はどこの小屋も例年以上に多くの雪が屋根に乗っていて、どう落とそうかと悩んだことを思い出した。

雪に覆われた尾瀬小屋。これでも雪が少ないほう

まずは小屋に入るために、手掘りで雪囲いを外していく。開いたところから出てくるのが除雪機2台。これが動くかどうかで、今後の作業は大きく変わってくる。半年近く低温状態で待機していたエンジンがかかるかどうか。緊張感に包まれる瞬間だ。恐る恐る神頼みをしながらセルを回すと、見事一発で始動。いつもメンテナンスを怠らない山小屋スタッフに感謝しつつ、一気に除雪モードのスイッチが入る。

屋根に登るための段取りを始める人、小屋に入って室内を暖めるための準備に掛かる人、発電機をかけるために発電機小屋に行く人……。
あたかも事前に打ち合わせしていたかのように、皆が一斉に動き出した。

一日目ということもあって無理はしない。ある程度の作業が進んだ頃合いで、「プシュ」っと缶ビールを開ける音が聞こえてくる。ひとり、またひとり……。心配だった天気も2日間は安定の予報が出ており、そこから生まれた余裕もあった。

無音の世界だった。どこまでも続く真っ白な平原と、その先に至仏山がはっきりと見えている。

早めに皆が作業をやめて、この風景を見ながら一杯やろうというのも無理はない。わざわざここまで歩いてきた苦労と、危険と隣り合わせの雪下ろしだからなおさらだ。最高の風景で最高のひと時。陽はまだ当分沈まない時間帯に、私たちしかいないという贅沢さ。

翌朝は予報通りの晴天。除雪機担当の二人を残して、全員が朝から屋根に上がった。屋根に積もった雪をダンプで下ろし、軒から張り出した雪庇は、長い柄のスコップで削り落とす。落とした雪は除雪機で飛ばす。そうした分担作業が順調に続く。

雪下ろしのコツは、急いでやらない、夢中になりすぎない、周りをよく見ること、だと思っている。ときどきスコップを振るう手を止めて顔を上げると、目の前には雪山らしい景色が広がっている。屋根の上には下からでは想像もつかない素晴らしい世界が広がっていたのだ。尾瀬が身近な檜枝岐村民の私たちでさえ、普段見ることがない荘厳な景観に圧倒され、そのなかで作業ができる幸せを噛みしめた。

作業が終わり、全員が屋根に上がったところで、写真を撮ろうということになった。
こんなに長いスコップを見たことがあるだろうか。雪が多いときはこれでも長さが足りないほどだ。

至仏山を背景に全員で記念に1枚。こう見えて、2階建ての尾瀬小屋の屋根に立ち並んでいる

雪から小屋を守ること。それは昔も今も変わらない。

この先、雪を下ろす人は変っても、やることは同じ。尾瀬を楽しんでもらうために、山小屋をに支える縁の下の力持ち。いや、屋根の上の力持ちか。尾瀬で遊ばせてもらっている私たちが守っていこうと覚悟は決めている。

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この記事を書いた人

平野 崇之

平野 崇之

福島県檜枝岐村在住。 夏季は尾瀬エリアでツアーガイド、冬季はガイドクラブ『楽』RAKUを運営しCATツアー、BCツアーガイドとして活動中。 檜枝岐村の郷土料理「裁ちそば」を打つそば職人としても有名。

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