マスターオブ尾州

素材と性能

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マスターオブ尾州

「あったらいいなと思うけど、世の中にはない。だったら作ろう。それが始まりですから」
Teton Bros. のオーナーであり開発の筆頭責任者であり、Teton Bros. というチームのキャプテン的存在であるノリさんはサッカープレイヤーでありスキーヤーでありサーファーであり、かつてはカウボーイだったこともあるというスポーツマンだ。ノリさんはとても直線的な人だ。犬は丁寧に洗うし、庭の芝もきちんと刈る。決して面倒くさがり屋ではない。ただ、持ってまわった言い方をせず、わざわざ余計な手間をかけることは好まないなど、近道できるところは近道で行こうとするタイプなのだ。

「汗を吸わない素材のアンダーウェアはいいんだけど、その上に汗を吸ってくれるものを着ないといけないじゃないですか」
アウトドアアクティビティに適したアンダーウェアの話をしていた時のことだ。たとえばポリプロピレンなどのように、素材そのものが水分を含むことができないようなものでアンダーウェアを作ると汗冷えしにくいから快適。ではあるが、そのままではかいた汗の逃げ場がなくなってしまう。そこで、2枚目には吸汗性に富んだものを着るべし、というのが現代のレイヤリングの常識だ。
「でも、1つの目的のために2種類のウェアを着るのって、すごく面倒くさいですよね」
たしかに面倒くさい。でも、着ちゃえばあとはずっとそのままでいられるんだし、それはそれで良いじゃないですか、くらいにしか思ってなかった。が、ノリさんは違った。
「その2枚が1枚になったら楽だと思うんですよね」
確かにそうだけれど、それは一枚の布なのに、体側が汗を含まない特性で、外側が汗をよく吸ってよく乾かす特性ということになる。つまりまったく相反する性質を、表と裏に備えるということだ。ノリさん、そりゃ文字通り矛盾ですよ。そう言って笑ったのだ。が、ノリさんは、いや正確にいえばノリさんの情熱は矛盾を解決してしまったのだ。

尾州(びしゅう)は昔の尾張(おわり)の国の俗称で、現在の愛知県西部にあたる。海に近く海運が開けていたことや、染などに必要な大量の水を木曽川から引けることなどをきっかけに成長した、国内最大級の繊維産地だ。ノリさんは新しい素材や製法を求めて何度もこの地に足を運び、多くの会社の若い技術者や営業担当者といろいろな考えを交わしてきた。そうした中で、さまざまな工場や職人さんたちの小さなステップを集結させた結果、こだわりの産物ともいうべき前衛的な生地が生まれることになる。
まずはメリノウールを特殊な方法で防縮加工して、ウールのメリットを残しながら親水性を際立たせる。そのメリノ糸を使って吸湿性に富み、肌触りの良い生地を編み上げるのだ。が、その過程が本領。なんと編み上げの過程でメリノ糸とポリプロピレン糸を混ぜることで、肌面はポリプロピレン、表側はメリノウールという生地を編物で作り上げてしまったのだ。間違えないように繰り返しておく。シート状の生地ではない。糸をループ状に編んでいく編物でありながら、表と裏で、真反対の特性を与えたのだ。できあがったのはウールの着心地を備えながら、肌面に汗を残さない理想的なベースレイヤーだ。

「オレがやったんじゃないですよ。尾州の人達の仕事なんですよね。だから敬意を表して、製品名はMOB(Masters of BISHU)にしたんです」
ノリさんはそう言うけれど、きっとみんな同じことを思ってる。もしもノリさんがキャプテンじゃなかったら、こんな夢みたいな話は実現できなかった。技術も最新素材も大切だけど、ここではチームワークこそが、ものづくりの基盤なのだ。

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この記事を書いた人

林拓郎

林拓郎

スノーボード、スキー、アウトドアの雑誌を中心に活動するフリーライター&フォトグラファー。滑ることが好きすぎて、2014年には北海道に移住。旭岳の麓で爽やかな夏と深いパウダーの冬を堪能中。アウトドア用品店「Transit 東川」オーナー

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